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日光 神橋(しんきょう)

にっこう しんきょう

基本情報

日本三大奇橋

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施設データ

分類:道路・橋梁
建設年:奈良時代後期流出により1904年(明治37年)再建
建設の背景(由来・ストーリー):勝道上人(しょうどうしょうにん)の日光開山に纏(まつ)わる事蹟より、奈良時代後期とされるが未詳です。原初形式は蔓性(つるせい)植物などによる吊橋様の簡素なものかもしれません。
「東路の津登(あづまじのつと)」=連歌師、柴屋軒宗長(さいおくけんそうちょう)が記した紀行文に、1509年(永正六年)に来晃の記事があり、 当時既に広く認知された橋で、橋脚のないはね橋形式であったことが窺い(うかがい)知れます。
東照宮寛永造替(とうしょうぐうかんえいぞうたい)により、従来の純粋なはね橋構造から、石造橋脚を取り入れた現状の構法に一新されました。この時は素木造でした。この時より一般の通行を禁じ、下流側に通行用仮橋をはね橋構法で架けました。
寛永造替以降は十数年から二十年内外の周期で修復・架替工事を行い、1792年(寛政四年)に塗装が施されるようになりました(高欄弁柄漆塗、橋板土朱塗、橋下黒漆塗)。
近現代 の出来事は次の通りです。
1902年(明治35年)、修理中に洪水により流失。
1904年(明治37年)、在来工法(=現状構法)通りに再建。
1908年(明治41年)、古社寺保存法により、特別保護建造物に指定。
1929年(昭和4年)、国宝保存法により、国宝建造物と改称。
1944年(昭和19年)、国宝建造物の内容を改正。
1955年(昭和25年)、文化財保護法により、重要文化財に指定。
1955~1961年(昭和25~31年)、全解体・塗装修理の架け替えを実施。

出典:日光 二荒山神社 icon

施設の役割:


聖地日光の表玄関を飾るにふさわしい朱塗に映える美しい神橋は、日光二荒山神社の建造物で国の重要文化財に指定され、1999年(平成11年)12月に世界遺産に登録され、歴史的名所として利用されています。



出典:日光 二荒山神社 icon

関連する土木技術者:不明

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聖地日光の表玄関を飾るにふさわしい朱塗に映える美しい神橋は、昔は「山菅の蛇橋(やますげのじゃばし)」などと呼ばれ日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)の建造物で国の重要文化財に指定され、1999年(平成11年)12月に世界遺産に登録されました。
橋の長さは28m、巾7.4m、高さ(水面より)10.6mあり、高欄には親柱10本を建て、それぞれに擬宝珠(ぎぼうし)が飾られ(乳の木)と橋板の裏は黒漆塗で、その他は朱に塗られています。
奈良時代の末に、神秘的な伝承によって架けられたこの橋は神聖な橋として尊ばれ、1636年(寛永13年)に現在のような神橋に造り替えられてから、もっぱら神事・将軍社参・勅使(ちょくし)・幣帛供進使(へはくひょうしんし)などが参向のときのみ使用され、一般の通行は下流に仮橋(日光橋)を架けて通行することとなりました。
1982年(昭和57年)男体山頂鎮座1200年祭斎行に際し、1973年(昭和48年)よりその奉賛(ほうさん)を目的として、広く一般に公開され、1997年(平成9年)より今回の大修理が行われました。 山間の峡谷に用いられた「はね橋」の形式としては我国唯一の古橋であり、日本三大奇橋(山口県錦帯橋、山梨県猿橋)の1つに数えられています。

出典:日光 二荒山神社 icon

 

施設の状態:供用中
所在地:栃木県日光市山内
アクセス:電車にて
○ JR東京 → JR宇都宮 → JR日光(1時間30分)
○ 東武浅草 → 東武日光(1時間40分)
○ 東武・JR日光駅 → 神橋(徒歩20分、駅前バスにて5分)

お車にて
○ 首都高速(川口Jct) → 宇都宮I.C(東北自動車道 1時間30分)
  → 日光I.C(宇都宮日光道路 20分)
○ 日光I.C → 神橋(5分)

見学方法(開館時間、入館料等):渡橋料
大人300円
高校生200円
小中学生100円

周辺情報

周辺の歴史スポット

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        社会科見学

        プロのみどころポイント

        技術的特徴

        橋桁を乳の木と称し、大材の乳の木を両岸の土中あるいは岩盤中に埋め込み、対岸より互いに斜め上向きに突出させて桔ね出し(はねだし)、さらにこの先端を石製橋脚で支持して(片持梁形式の桔木(はねぎ)構造)、迫り出た中央部でこの両桔木へ短い橋桁を台持継(だいもちつぎ)により上方から載せ置き、台形状に略円弧を形成して骨組みを造り上げる構法です。
        現存する重文木造橋8基のうちでも、唯一の特異構造です。
        従来の数層の桔木を持ち送りに迫り出すはね橋本来の形式(橋脚を建て難い山間の渓谷に用いる工法)から、大材1本による乳の木方式に改良し、スリム化した弱点を橋脚を付加することで補強する構造で、はね橋と桁橋を組み合わせた当時の先端的技術を取り入れた新工法。桃山期よりの城郭(じょうかく)建築の発展に伴なう、土木技術並びに橋梁技術の発達が背景にあります。
        この工法で、材木の総体積・重量の軽減、並びに組立の簡便・危険度の低減が図られた一方、洪水による橋脚の流失リスクは増すことになります。

        出典:日光 二荒山神社

        その他