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銀座通り(中央通り)

ぎんざどおり(ちゅうおうどおり)

基本情報

明治近代化のシンボル・銀座の道

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施設データ

分類:道路・橋梁
建設年:1603年(慶長8年)~随時改築
建設の背景(由来・ストーリー):慶長九年、幕府は日本橋を五街道(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)の起点と定め、各地に一里塚を築きました。明治政府もまた、明治五年(1872)日本橋に道路元標を置き、全国の道路の起点としました。現在も橋の中央に「日本国道路元標」としるした元標板が埋められており、国道1号、4号、17号、20号等の起点となっています。
日本橋界隈は、江戸の中心として有名な大店が軒を並べ、また魚河岸や青物市場も開かれ江戸の台所として活気がありました。明治以降も日本銀行や株式取引所が置かれ、百貨店や問屋が立ち並び、現代に至るまで我が国の金融や商業の中心地となってきました。中央通りはそのメインストリートとして沿道の反映を見つめてきました。
【沿革】
・江戸期:60間(京間約120m)を一辺とする正方形街区を整然と配置
・明治10年:明治5年の大火を受け、不燃化を目的に銀座煉瓦街が建設され、幅員15間(江戸間約27.3m、車道8間、歩道3.5間)の街路が完成し、街路樹にマツ、サクラ、カエデをランダムに植栽
・明治15年:鉄道馬車敷設。明治36年に市街電車敷設
・大正10年:路面改良工事により歩道幅を5.5mに縮小し、街路樹をイチョウに植え替え
・昭和7年:街路樹を再びヤナギに植え替え
・昭和43年:都電を撤去。改修工事により歩道幅員を当初の約6.3mとし、鉄道敷石を再利用した御影石で舗装共同溝整備のため街路樹のヤナギは撤去
・平成10年:建築物の円滑な更新を行うために「銀座ルール」と呼ばれる独自の建築ルールを定め、壁面位置の制限や容積率を緩和し、銀座中央通り沿いの建築最高高さを56mと取り決める
・平成18年:屋上工作物を含む建築物全体の最高高さの設定など、銀座ルールを見直し
出典:日本の道100選(建設省 道路局監修)
    国土技術政策総合研究所(国総研)HP icon
施設の役割:日本の道路の起点となる日本国道路元標がある日本橋を中心とし、南は京橋・銀座・新橋など、著名な商業地・繁華街などを通る都心の大動脈です。

関連する土木技術者:東京府知事 由利公正:明治五年の大火後、都市の不燃化を目指して、中央通に面してれんが造りの洋風建築街を完成させました。
トーマス・J・ウォートルス:煉瓦街設計者

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1603年(慶長8年)、幕府は江戸城東側の海岸地帯を埋め立てて町割りを行い、街道を通しました。このとき「日本橋」がかけられ、ここから始まる東海道を母体として、京橋、銀座、新橋に至る道路が中央通りとして今日まで沿道の町並みと共に発展してきました。

出典:日本の道100選(建設省 道路局監修)

 

施設の状態:供用中
所在地:東京都中央区日本橋1丁目~港区新橋1丁目
アクセス:JR東京駅から徒歩5分
見学方法(開館時間、入館料等):なし

周辺情報

周辺の歴史スポット

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        1603年(慶長8年)江戸幕府は、江戸城の東側の海岸地帯を埋め立てて町割りを行い街道を通しました。このとき「日本橋」がかけられ、ここから始まる東海道を母体として、京橋、銀座、新橋に至る道路が中央通りです。日本橋界隈は、江戸の中心として有名大店(おおだな)が軒を並べ、また魚河岸や青物市場も開かれ、江戸の台所として活気がありました。明治以降も日本銀行や株式取引所が置かれ、百貨店や問屋が立ち並び現代に至るまで我が国の金融や商業の中心地となってきました。中央通はそのメインストリートとして発達しました。1872年(明治5年)の大火後、当時の東京府知事由利公正は、都市の不燃化を目指して洋風建築街とする際に幅員15間(約27メートル)に拡幅し、さらに歩道を分離し、しかも歩道にはれんがうを敷きつめマツ、サクラなどを植えました。この15間幅は当時は画期的な広さです。1874年(明治7年)に鉄道が敷設され鉄道馬車が走り、ガス灯がともるなど、我が国の欧化政策の先端を切りました。

        出典:建設省 道路局監修:日本の道100選:ぎょうせい:P70,71:1988年

        その他

        出典:国土技術政策総合研究所(国総研)HP