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相模野基線

さがみのきせん

基本情報

全国5万分の1地形図完成に至る我が国近代測量の発祥地

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施設データ

分類:その他
建設年:1882年 (明治15年)
建設の背景(由来・ストーリー):相模野基線北端点(一等三角点)は、1882年(明治15年)陸軍省参謀本部測量課(現在の国土地理院)が地形図全国整備計画に基づき、近代測量の最初の相模野基線を設けるにあたり、同基線の北端にあたる当時の高座郡下溝村に設置したものです。また、市指定史跡となっています。
出展:さがみはら百選icon

施設の役割:日本の基線測量は、1882年(明治15年)の相模野基線から始まり、1913年(大正2年)の択捉基線に至るまで、日本内地計15 カ所が31 年で完成しました。一等三角測量は、1882年(明治15年)から東海道・中部・近畿・中国・四国・九州へと西に進み、その後関東・中部山岳地帯、続いて東北・北海道へと進展し、最後に千島列島・南西諸島に及び、大正2年に内地の計426点の設置を終了しました。一等三角測量とともにこれを補足するように二等、三等三角測量が実施され、これによって初めて1/5万地形図作成に必要な測地事業が完成しました。一等水準測量は1882年(明治15年)より開始され、1917年(大正6年)までに計10,159 点の水準点が設置され、測量の総キロ数は、17,687km に達しました。こうして1924年(大正13年)、日本内地(樺太、朝鮮、台湾を除く)の1/5万地形図作成のための測量がすべて完了し、1925年(大正14年)には1/5万地形図の出版を完了しました。

出展:公益社団法人東京地学協会HPicon
関連する土木技術者:陸軍参謀本部測量課
(後の陸軍陸地測量部。現・国土交通省国土地理院)

出展:Wikipedia

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神奈川県北東部に設定された、日本の三角測量の基点となる直線(基線)の一つです。
北端を高座郡下溝村(現・相模原市南区麻溝台四丁目)の下溝村三角点、南端を高座郡座間入谷村(現・座間市ひばりが丘一丁目)の座間村三角点とし、両地点を結ぶ直線が相模野基線です。1882年(明治15年)、陸軍参謀本部測量課(後の陸軍陸地測量部。現・国土交通省国土地理院)が定めました。1882年(明治15年)9月から10月にかけて両地点間の測量が行われ、基線の全長が5209.9697メートルと算出されました。
出展:Wikipediaicon

 

施設の状態:保存・展示
所在地:[北点]  相模原市南区  麻溝台四丁目 [南点]  座間市  ひばりが丘一丁目
アクセス:[北点]
小田急小田原線:小田急相模原
徒歩35分

小田急江ノ島線:相模大野
徒歩36分

[南点]
小田急江ノ島線:鶴間
徒歩20分

小田急江ノ島線:南林間
徒歩20分

相鉄本線:さがみ野
徒歩28分
見学方法(開館時間、入館料等):無料

周辺情報

周辺の歴史スポット

    周辺の観光スポット

      周辺の宿泊・温泉

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        社会科見学

        プロのみどころポイント

        技術的特徴

        相模野基線は、これまでに、1882年(明治15年)のヒルガード基線尺、1902年(明治35年)の100m鋼巻尺、1910年(明治43年)、1924年(大正13年)のインバール基線尺、1972年(昭和47年)の光波測距儀、1995年(平成7年)のGNSS測量機とそれぞれの時代の最先端測量技術による観測機器により観測が行われています。
        なお、1902年(明治35年)の観測については、使用した鋼巻尺の温度補正が正確に行われ無かったのではとの指摘があります。

        第1回から第7回までの観測結果及び基線長の変化は下記のとおりです。

        出展:社団法人神奈川県測量設計業協会HP

        その他

        出展:国土交通省-国土地理院HP