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広瀬用水(広瀬川)

ひろせようすい(ひろせがわ)

基本情報

豊かさと安らぎを与え、文学にふれられる用水

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施設データ

分類:河川
建設年:16世紀
建設の背景(由来・ストーリー):広瀬川の建設は、16世紀半ばの頃(室町時代)とされています。当時の利根川は、現在の広瀬川付近を流れていましたが、1394年~1427年(応永年間)と1539年(天文8年)、1543年(天文12年)に大氾濫を起こし、この時の氾濫で完全に流路を変えたため、出現した広漠たる氾濫原を領主の管理下で開拓し耕地に、そしてかんがい用水を得るために旧河道を利用して用水路を建設したといわれています。
出典:全国水土里ネット 疏水名鑑-広瀬用水(広瀬川)-icon
施設の役割:古くは農業用水のほか、前橋城や城下の生活・防火用水、さらに1646年(正保2年)には舟運が行われ、前橋市街地には河岸が開設されるなど、地域経済、文化の要衝でした。また、時代の変遷によって水車や製糸、発電等の工業用水・水道・養魚等幅広く利用され、地域住民に豊かさと安らぎを与え、前橋市、伊勢崎市発展の礎となっています。
出典:全国水土里ネット 疏水名鑑-広瀬用水(広瀬川)-icon
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広瀬用水(広瀬川)は江戸時代には比刀根川と呼ばれ、利根川の分流をかんがい用水に利用するため整備されたもので、用水のほか江戸から物資を運ぶ舟運、また広瀬川から分水した風呂川においては厩橋城(前橋城)や城下の生活用水等、市民には欠かすことの出来ない用水でした。現在でも前橋市、伊勢崎市及び玉村町の県央穀倉地帯を潤すと共に、時代の変遷により利用形態も変わり、発電用水や都市用水、また親水性をもたせた河畔緑地公園も整備され市民に親しまれており、市街中心部の滔滔たる清流は「水と緑と詩の町」前橋市のシンボルとなっています。
また、広瀬川河畔の遊歩道は「詩(うた)の道」として命名され、萩原朔太郎をはじめ郷土出身の詩人たちの詩碑が並んでいます。
出典:農林水産省HP 疏水百選・広瀬用水icon

 

施設の状態:保存・展示
所在地:群馬県前橋市、伊勢崎市の中心部とその周辺地域及び玉村町の一部
アクセス:上毛電鉄上毛線
中央前橋駅徒歩6分
(広瀬川河畔緑地公園)
見学方法(開館時間、入館料等):上毛電鉄上毛線
中央前橋駅徒歩6分に広瀬川交水堰あり

周辺情報

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