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備前堀用水

びぜんぼりようすい

基本情報

江戸時代の生活を支えた農業用水路

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施設データ

分類:河川
建設年:1610年 (慶長15年)
建設の背景(由来・ストーリー):1610年(慶長15年)、徳川頼房公が千波湖(せんばこ)の治水と周辺の農業用水として当時関東郡代であった伊奈備前守忠次に命じ築かれました。備前堀という名称は伊奈備前守忠次からとられています。正確な記録は残ってはいませんが、完成まで1年以上かかったと推定されています。

出典:ウィキペディア(備前掘)icon


施設の役割:備前堀は、柳堤橋(桜川)付近の柳堤水門を起源とし、国道51号線沿いに涸沼川まで流下している延長12kmの農業用用水路です。
1610年(慶長15年)に徳川頼房公(初代藩主)の命により伊奈備前守忠次らによって、下市地区や常澄地区へ農業用水を導くことと千波湖(せんばこ)の氾濫対策を目的に造られました。

出典:疏水名鑑HPicon
関連する土木技術者:工事:伊奈備前守忠次
出典:疏水名鑑HP

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備前堀用水は、柳堤橋(桜川)付近の柳堤水門を起源とし、国道51号線沿いに涸沼川まで流下している延長12kmの農業用用水路です。慶長15年(1610年)、徳川頼房公(初代水戸藩主)の命により下市地区や常澄地区へ農業用水を導くことと、千波湖(せんばこ)の氾濫対策を目的に造られました。
慶長14年に徳川頼房が最初の水戸藩主となった時には、城南地域(今の水戸市南部)では、毎年のように干害(雨が少なく水が足りなくなって米などができなくなること)に悩まされていました。そこで、藩主が伊奈備前守忠次に命じて、千波湖の水を涸沼川に注ぐよう作ったのが、工事をした伊奈備前守の名前をとった「備前掘」です。これによって、城南地域の水が豊かになり、米もたくさん取れるようになりました。
備前堀は、1996年(平成8年)に新水戸八景の一つに選ばれ、その歴史ある水辺の風情は多くの人々に愛され続けています。

 

施設の状態:供用中
所在地:茨城県水戸市を中心とする周辺地域(約1100ha)
アクセス:JR「水戸駅」南口
見学方法(開館時間、入館料等):

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