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浜町公園

はまちょうこうえん

基本情報

中央区の公園の中では最大の面積を誇り、区を代表する公園

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施設データ

分類:公園
建設年:1929年(昭和4年)開園
建設の背景(由来・ストーリー):浜町公園は1923年(大正12年)に発生した関東大震災によって壊滅的な被害を受けた東京の復興事業の一環として隅田公園(台東区、墨田区)、錦糸公園(墨田区)と並んで計画されたものです。当地は江戸時代は熊本藩主・細川氏の下屋敷があり、明治期以降も細川家の邸宅がありましたが、公園として整備され、1929年に開園しました。公園内には広場のほか、1861年に熊本藩主・細川斉護によった建てられた、加藤清正を祀る清正公寺があります。

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施設の役割:大地震によって被害を受けた都市において、防災用緑地の機能、災害時避難場所の確保、あるいは震災復興のシンボルなどを目的として設置された公園です。

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関連する土木技術者:設計:折下吉延

出典:


緑地計画:横山信二

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隅田川沿いにある中央区の公園で、かつての肥後藩細川氏の庭園跡です。園内には、総合スポーツセンターや浜町運動場などの体育施設があり、区民の運動の活動拠点となっています。すぐ隣りには、明治座、加藤清正を祀る寺があります。

出典:中央区HPiconicon

 

施設の状態:供用中
所在地:中央区日本橋浜町二丁目59番1号
アクセス:都営新宿線「浜町」駅 徒歩0分
見学方法(開館時間、入館料等):無休・開放

周辺情報

周辺の歴史スポット

  1. 金座跡:現在、日本銀行となっている場所は江戸時代、金貨鋳造所の「金座」のあったところ。文禄4年(1595年)、小判鋳造を始めたのが金座の始まりです。金座は、金貨の鋳造・鑑定・地金類の買収・監察などをしていました。明治2年に廃止。
  2. 郡代屋敷跡:天正18年(1590年)、徳川家康は伊奈忠治を関東八国の郡代に任命。以降代々、伊奈氏がこの職を継ぎました。郡代屋敷は旧馬喰町4丁目の北にあり、明治初年に諸藩出張所となり、馬場の廃止とともに町屋に変わりました。
  3. 富塚碑:椙森神社の富くじは江戸三富のひとつに数えられ、盛大に行われまれした。大正8年、江戸庶民の泣き笑いを思い富塚碑が建てられました。富くじ興行は禁止と許可を繰り返した末、天保13年(1842年)幕府の厳達により終止符を打ちました。

周辺の観光スポット

  1. 水天宮:久留米藩主有馬頼徳公が、港区赤羽の藩邸内に、久留米市水天宮の御分霊を文政元年(1818年)に勧請して創建したといわれます。藩邸の移動に伴い遷座、明治5年当地に遷座しました。日本橋七福神の弁財天、下町八社巡りの一社。
  2. 浜離宮庭園;もとは徳川将軍家の鷹狩り場であったが、明治3年、宮内省の所管となって皇室宴遊の地にあてられました。潮入池を主体とした回遊式臨海庭園で、典型的な大名庭園の面影を今に伝えています。国の特別名勝、特別史跡となっています。
  3. 歌舞伎座:明治22年に開場。時代の先端を行く木造洋式のハイカラな建物であった。戦災を被り、現在の建物が完成したのは昭和26年。平成25年4月2日、建て替えこけら落とし。歌舞伎は一年をとおして上演され、文字通り梨園の総本山。

周辺の宿泊・温泉

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    社会科見学

    プロのみどころポイント

    技術的特徴

    ドイツや北欧の公園を参考に設計され、庭園風の趣ある近代的な公園でした。現在の公園は、戦後の改修で体育館が設置されるなど、開園当時の面影はほとんど失われており、門柱などにかろうじて当時の遺構を残すのみとなっています。

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