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旧信越線本線旧碓氷線

きゅうしんえつほんせんきゅううすいせん

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国重要文化財

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施設データ

分類:鉄道
建設年:1891(明治24)年3月に軽井沢から起工し、6月には全線が着工された。そして25ヶ月間の建設工事を経て1893(明治26)年4月1日に開通した。
建設の背景(由来・ストーリー): 太平洋側と日本海側を結ぶ、本州を横断するルートとしての役割を担い、碓氷峠越えの鉄道建設が計画され、鉄道局は1889(明治22)年6月に建築師長のパウネルを派遣し現地の踏査が行われ、7月から12月にかけて測量が実施されました。
 また、当時ドイツに留学中の鉄道局技師、仙石貢と吉川三次郎が、1885(明治18)年に開通した、ドイツのハルツ山鉄道に採用されていたアプト式(アプト式区間7km、勾配60パーミル)の紹介や、元建築師長で、1877(明治10)年に大阪停車場内に「工技生養成所」を開設して、日本人技術者の養成に尽力し、1881(明治14)年4月に解雇され、その後は在英の顧問技師を委嘱されていたシャービントンが、アプト式鉄道を横川-軽井沢間に採用するように推薦したこともあって、これまでの測量と調査をふまえて、入山線、和美線、中尾線の三路線が比較検討されることとなり、1890(明治23)年に再び測量が行われました。1890(明治23)年9月にアプト式を用いて和美線とすることが決定し、10月から測量を開始したが、建設費用等の理由から11月になって鉄道局長官の井上勝は本間英一郎技師に中尾線の詳細な測量と調査を命じ、1891(明治24)年1月に、鉄道局技師の松本荘一郎、本間栄一郎、建築師長C.A.W.パウネル(C.A.W.Pownall)らが和美線、入山線、中尾線を再び測量して比較検討した結果、1891(明治24)年2月4日に中尾線を本線として66.7パーミルの勾配をアプト式を採用して建設することに決定しました。

出典:碓氷峠鉄道施設(国重要文化財) 信越本線・碓氷峠(横川~軽井沢)icon
施設の役割:太平洋側と日本海側を結ぶ、本州を横断するルートとしての役割を担い、碓氷峠越えの鉄道建設が計画され、1891(明治24)年2月4日に中尾線を本線として66.7パーミルの勾配をアプト式を採用して建設することに決定しました。



出典:碓氷峠鉄道施設(国重要文化財) 信越本線・碓氷峠(横川~軽井沢)icon
関連する土木技術者: 横川-軽井沢間の建設工事には、イギリス人の鉄道局建築師長C.A.W.パウネルと本間英一郎技師が統轄し、横川-熊ノ平間は吉川三次郎技師、熊ノ平-軽井沢間は渡辺信四郎技師がそれぞれ担当し、技手の井上清介、佐藤吉三郎、林通友が工事を助けました。


出典:碓氷峠鉄道施設(国重要文化財) 信越本線・碓氷峠(横川~軽井沢)

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 アプト式鉄道時代に使用されていた橋、隧道(トンネル)、電気機関車、ラックレール、変電所や記念碑等が、現在も数多く残されており、当時の面影を今に伝えています。
 復元された旧丸山変電所や碓氷第三橋梁等のアプト線時代の煉瓦造アーチ橋は1993(平成5)年8月17日に国の重要文化財に指定され、1994(平成6)年にはアプト線時代の隧道(トンネル)も国の重要文化財に追加指定され、信越本線の「碓氷峠鉄道施設」は、旧横川機関区(横川運転区)の施設を活用した「碓氷峠鉄道文化むら」(碓氷峠交流記念財団)や群馬県安中市、長野県北佐久郡軽井沢町などによって保存と活用が進められています。
 2007(平成19)年1月には文化庁が「富岡製糸場と絹産業遺産群」(「碓氷峠鉄道施設」はこの遺産群を構成している)を世界遺産国内候補に選定し、ユネスコ世界遺産暫定一覧表に追加記載されました。
 こうした歴史をもつ「碓氷峠鉄道施設」は、日本の産業技術史における産業遺産として、重要な価値を持っています。

出典:碓氷峠鉄道施設(国重要文化財) 信越本線・碓氷峠(横川~軽井沢)icon

 

施設の状態:保存・展示
所在地:信越本線  碓氷峠 (碓氷線)
アクセス:信越本線
横川駅~軽井沢駅

見学方法(開館時間、入館料等):碓氷峠鉄道文化むら
(9:00~17:00, 500円)

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        社会科見学

        プロのみどころポイント

        技術的特徴

         高崎~直江津間の内で、直江津~軽井沢間は竣工しましたが、碓氷峠は中山道の中で一大天峻の地であり、数年来、数回にわたって精細な測量を実施した結果、線路を普通の方法で敷設するときは多額の工費を投じても、なお急峻な勾配と多数の屈曲とを避けることはできず、運輸上十分な能率を発揮できないことが分かりました。
        そのため、特にアブト式を適用するということに決定し、1890年(明治23年)4月から和見、入山、中尾の3ルートについて比較するための測量を行い、いったんは和見線に決定したが、これを中尾線に変更して、1891年(明治24年)3月から工事に着工し、1893年(明治26年)4月に竣工して営業を開始し、東京~直江津間が全通しました。
        まさしく、アブト式線路は日本の鉄道界では空前の事業でありました。


        出典:明治工業史 鉄道編(碓氷線)

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